答えを説明するために体系化すると複雑化して難易度が上がる

雑記


僕は、自分をずーっと低学歴の無能と思い込んで生きてきたけど、ポテンシャルを発揮してる時の一部のIQが異様に高いASDと知ってからは、相対的な賢さや孤独の原因を自己理解して、発言や行動に気をつけてる
……つもりやった。

でも下のマンガを読ませてもらって、まだまだ解離があるって気付かせてもらった。

https://twicomi.com/manga/e3_noguchi/913693963118190594

ASD濃厚の主人公が、ずば抜けた賢さと努力の継続で鬱病を克服したことも、同じくASD濃厚の、傍で支え続けたパートナーの愛情と賢さも、手放しで素晴らしいマンガやと思った。(これはフィクションのお話ね)

感動した。

主人公の、幼児期〜青年期の被虐待で自尊心を失った過去も、ただただ悲劇やと思うし、心中察するに余りある。

ただ、僕は作中に出てきたアドラーや催眠療法って今も詳しくは知らなかったから、少し調べてみたところ"超初歩的で当たり前のことやん……"と感じてしまってん。

愕然とした。

"日常"くらいに感じてしまった。

嫌味ったらしく聞こえるかもしれんけど、ひけらかすとかそういうんじゃなく、切実な問題として考えてる。

心理学・脳科学・哲学の答えに、"ほぼ思考だけ"で辿り着いて、29歳で理解・実感した。

実感が先に来てから、行動に移し、人生が変わった。

この変化においては誰にも頼ることなくて、ひたすら考えまくっただけで抑うつやPTSDも克服した。

どの病院のお医者さんも治せなかった喘息やアレルギーのひどい症状も、ピンポイントで答えを見つけて、自分で寛解させた。

世界中の同じ病気の人に共通する原因やから、前提が合えば全員寛解するし、完全予防もできるとわかった。

んで、ずーっと人生を呪って悔やんで憂いて死のうとしてた心を、ひたすら超幸せフィーバーに変えた。

だから、アホな僕でもそうなれるのに、マンガの主人公みたいに驚くほどの賢さと思考能力がある人は現実でもたくさん居るし、色んな人に頼れて色んな情報を得られる人も居るし、それでもなんで病んで何年も抜け出せなかったり、不幸を感じる人がたくさん居るんやろって、改めて不思議に感じた。

「自分が自分であることの価値と幸せに感動し続ける」って状態に、あまりに多くの人が至ってなさすぎて、めちゃくちゃ不思議やねん。

昔から、○○学という体系化された学問に、僕は権威や憧憬や畏怖すら感じて、アホな自分には到底理解できないような、縁のない難解なものってイメージを持ってた。

でも、大人になるにつれて、いろんな人と関わることも増えて、他者との解離に気付き始める。

人間の手によって現象に後付けされた細かな用語はわからん(興味ない)にせよ、学んだり見聞きするほとんどの知識の本質は、自分にとって「当たり前」のことやねん。

「一般的な当たり前」と自分の感覚や思考の「当たり前」が、あまりにもかけ離れすぎてることに気付くねん。

しかも、体系化された学問は、当たり前で超カンタンなことをわざわざ難しく複雑にしてるものだから、それらにリソースを割く人間ってすごい自傷的な生き物なんやなと気付く。

その度に愕然として、膝から崩れ落ちそうになる。

だけど、そういう経験を繰り返したおかげで、少なくとも自分はアホではないんやろうくらいの自己理解をし始めて、最近、やっと解離との折り合いをつけれるようになり始めた矢先に、さっきのマンガを読ませてもらって、解離の深さを再認識して、改めて自己理解がまだまだ浅いと感じた。

「自分が賢いなんて何かの間違い、うそ、ありえへん、絶対イヤ」とすら感じる。

自分の学力は凡人未満で、色々頑張るのももうめんどくさくて、心底何もしたくなくて、だから隠居してる。()

毎日生きてることに超幸せ感じてるし、これ以上何をムリする必要もない。

そう本気で思ってる。

「無能であろうとしてる」というコンフォートゾーン(安全圏)からのクリエイティブアヴォイダンス(創造的回避)って部分もあるけど、今の人生が、2歳のころから望んでた「無理したくない」「まったり過ごしたい」という、セルフコーチングとしてのゴールですらある。

やのに、もし"実は賢い"って仮説が証明されてしまったら、

「こんなグダグダでアホな凡人でも、ちょっと学んで考えるだけで最高に幸せになれたから、みんなもできるよ!誰にでもできるよ!」

っていう、"ここ数年の発信のスタンスがまたぜんぶ覆されて"しまう。

人に対して「カンタンやで😊」と言えなくなってしまうし、人にとってどれだけ難しいことなのかもわからんくなってしまう。

───今でさえ「話す言葉の難易度を変えず、"共通認識"を持って会話が成立する人」が居たらどんなにラクやろ、もっともっと楽しいやろなって思ってるのに。

仕事や学校の集団生活や、家族や恋人との共同生活も、「当たり前の真実」を言わないように、"嘘をつき続けて"生きなきゃいけなかった。

たとえば、

「未来も過去も現在にはない」

「人は産まれて死ぬまで常に"現在"だけを生きてる」

「トラウマも不安も期待も妄想」

「人間は自分で自分を不幸にして精神を不自由にして苦しめてる」

「怒ってる人は怒りたくて怒ってる」

「傷付いてる人は傷付きたくて傷付いてる」

「その自傷精神の責任を自分で認めたくなくて自分以外に責任転嫁してる」

「自分で生き方を決定しないと、自分の人生は存在しない」

───などなど。

これらを言っちゃうと、経験的にほぼ100%トラブルになるから、常に嘘をつき続けなきゃいけない。

どれくらい相手にバイアスがかかってるかわからんから、発言や行動にめちゃくちゃ気を使って生きてきた。

だって、ありのままの自然体で居ると、反感を買う。

殴られたこともあるし、怒られたこともあるし、悪者にされて風評でやられたこともある。

ちゃんと発言や行動の動機やプロセスを説明しても、みんなちんぷんかんぷんな感じやし、中には理解できずにさらに怒る人(さっきのマンガの中のDV父みたいな感じ)も居るし、やたら傷付いて泣く人も居るから。

ただ、マンガの中の主人公は、発達障害然とした発言や行動をしてるけど、それでも僕の中では「一般的」の範疇やから、それに対してキレ散らかすDV父の方が心を病んでて拗らせてて、環境に自尊心を奪われた末路の人やから可哀想に感じる。

そして、もし僕の「自然体の会話や楽しいと感じる話題そのもの」が「人にとっては難解で実践的な学問」みたいに感じるとしたら、もう、会話できる人がめちゃくちゃ限られる。

大多数が怒るか泣くか退屈する。

何も言えなくなるし、できなくなる。

誰も傷つけたくないのに、ほとんどの人は思い込みで自分自身を縛って否定してるから、僕からの肯定的な指摘や知的好奇心からの疑問すら、相手の中では「自己否定の否定になってしまって、傷付けてしまう。

「当たり前」の解離が激しすぎて、難しい。

人生を通せば、誰でも数百人と出会って会話すると思うし僕もしてきたけど、理系・文系問わず、賢いと言われる職業・学校出の人でも、ほとんどが論理破綻してる部分があるのに自覚ない人が多いし、自尊心がなくて情動操作を失う頻度が多い人だらけ。

単純に、同じようなビジョンが見えてる人が近くに居れば、めちゃくちゃラクやのになーと思うけど、全然居ないから、いつも一人を選ぶ

恋愛も、アセクシャル的やからセックスが好きじゃないだけで、異性を特別嫌ってるわけでもない。愛情も肯定も嬉しい。

ただ、もう執着依存的な人の精神を二度と壊したくないから、一人を選ぶ。

孤独がめちゃくちゃ好きってわけじゃなくて、人を傷付けたり怒らせてしまったり、それを避けるために必死に気を使って嘘をつくよりかは、孤独の方が断然マシというか。

マンガの中では、主人公が頼れる人=主人公と同等以上の思考力や本質的な感覚を持ってる人が周りに居て、素直に頼ろうと思えた主人公に対しては、心底「よかったなぁ、これから自分を幸せにして生きてほしい」って思う。

僕の周りにも十数人か、ASDADHDの賢いめの人らは居てくれてるし、頼ってくれるし、たぶん僕の身に何かあればみんなで助けてくれる確信があるくらい、愛されてるとは思う。

でも、彼ら彼女らは、僕とたくさん話すことでようやく真実に気付いたり、己の心に刺さったトゲやナイフに気付いてくれて、生きるのがラクに、幸せになったって言ってくれた側の人たち。

家族ももちろんそう。

何が言いたいかというと、彼らはまだ完全に「内なる源泉」を築いたわけじゃなく、生活する中で悩んだり落ち込んでブレた時はまた僕の元に戻ってきて、充電して、リスタートしてく。

要は、僕と同じビジョンが見えてるわけじゃなく、幸せが内から湧いて出たり真実が見えてるんじゃなく、まだ僕から「ビジョンをシェア」してる段階やねんな。

でも、ここで重要なのが、僕自身は別にカリスマになりたいわけでもないし、己を誇示したいわけでも、お褒めや感謝がほしいわけでもないし、人を扇動したいわけでもないねん。

誰もが幸せを感じてる、その状態が一番やん。

んで「自分で考えて行動すりゃみんなそうなれるよ」ってだけやねん。

考えれないなら、全部答え教えるから───ってスタンスで発信してただけやねんな。

無限に永続的に幸せを感じるのには、1円も要らないしさ。

真実の理解と、現実の行動で、なんとでもなる。

それでも、どんなに賢い人でも金あっても社会的に優秀な人でも、なかなか理解や実感が難しいみたいで、一時的に理解したとしても、実感がブレてしまって、また僕のとこに戻ってきたりする。

不思議で不思議で仕方ないと同時に、

「あなたたちの目に、僕は何者として映っているのか?」

と思う。

大きな大きな解離を受け入れるしかないけど、あまりにマイノリティ度合いが事実として高まりすぎて、寂しさというより危機感すら感じる今日この頃。

今後、こじらせた2Eギフテッド向けに、知らずに人生損してる哲学や科学はもちろんのこと、経済や福祉のことを体系化して発信しようと思ってたけど、果たして僕が構築したそれらの内容のハードルは、一般的にいかほどかと考えると、二の足を踏む。

「ただ事実を言ってるだけ」やから、無限に暖簾に腕押ししてきた自分がとてもおかしく思える。

ここまで読んで「それな」と当然のように感じれる"コッチ側"の人が居たら、老若男女問わず、しゃべってみたいものです。

それではバイバイ。

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Posted by tkhtzzz