どんな悲劇も喜劇も正常な現象

心の道しるべ

この世に異常などない。

なぜなら、何もかもは「因果」だから。

どんな悲劇も、喜劇も、残酷なほどに正常で、必然。

どういうことかというと、例えばあなたが病気になったとする。

それが原因不明の病気だったとしよう。

原因不明というと、原因が存在しないかのように考えてしまって、絶望する人も多いと思う。

でも、原因は「不明」なだけで、「必ずある」もの。

何か原因があるから、その結果として病気になる。

原因があるから結果がある。

これが因果。摂理。本質。

つまり、病気になった事は体の異常ではなくて、原因を基にして"正常に結果が出た"と言うこと。

もう一つ例えると、怒ったり攻撃的な人がいるとしよう。

端から見るとどう考えても異常に見える位、キレやすい人やったとする。

だけど、それも当然、正常。

なぜなら、人間って赤ん坊の時は人に対する敵意や悪意はなくて、何もわからなくて、ネガティブにもならない。

人の性格を構築するのは、まずベースは育ってきた環境。周囲から教わったこと。

それをベースに自ら学んだことと経験したことを積み上げることによる。それしかない。

つまり、その環境や周囲の人間が、性格を構築した原因。

キレやすい人がキレやすい性格になったのは、過去の環境と人間関係に恵まれなかったから。

その正常な結果ってこと。

ただ、ここで思考停止してはいけない。

確かに、その人の環境や人間関係に恵まれない事がキレやすい性格になった原因ではあるけれども、今度は、なぜその環境や人間関係だったのかを考える必要がある。

なぜなら、思考停止すると、キレやすい人に責任があるとか、特定の人に責任があるという勘違いや思い込みをしてしまうから。

目の前のキレやすい本人や、その人をそうたらしめた環境とは全く別のところに、明確に原因がちゃんとあることを忘れちゃいけない。

目の前で起こる出来事しか見えずに心を乱されたり、感情に支配されたりすることをなくすには、因果を考えるクセを付ければいい。

"未来の問題の原因"は"過去の問題の結果"だったりもするから、惑わされないように注意。

10とか50とか100の原因と結果が積み重なって「いま目の前に直面してる問題」になってて、いっっっちばん最初の原因を「根本原因」と言う。

その根本原因だけが、根本解決を示してる。

一連のこの流れや事実が全て「正常」だよ、ってこと。

これさえわかったら、あとは根本解決のために割く自分のリソースの価値や全体的な労力を考えて、問題にコミットするか断捨離するかを考えるだけ。

むしろ人間はそうやって生きないと、人生(心)が黒いモヤモヤに覆われたまま終わってく。必ず。

楽しく幸せに朗らかに健やかに生きるために、因果を見て、全ては正常であると知り、その現象を変化させるかどうかを自分の意志で選択していこう。

それではバイバイ。

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