この時はまだ何も知らなかった

食事療法・脱ステ

最近、また日記をちょこちょこつけてて、4年前の日記が感慨深かった。

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今でこそ、自力で体のつらさも心のつらさも綺麗さっぱりなくして、本当に幸せな日々を送ってるけど、知識がハンパだったこの頃は、毎日が激闘やった。

全身の中も外も写真のようなただれた状態で、目もほとんど見えない状態で、毎日2時間ウォーキングしたり、筋トレしまくったり、2週間絶食して体重が60→44kgまで落ちて医者から「死ぬよ」って言われたり、小麦粉と塩と砂糖と水だけで1年間生きたり。

けど医師たちはもうお手上げとか治せないとかわからないとか言うばかりやし、アテにならんかった。

結局、僕が彼らのことを「科学とか論理側の人間」って思い込んでたのが間違いやっただけで、彼らのほとんどは科学的思考なんてできてない。

現に、風邪の診断すら、どんなお医者さんも根拠を説明できないんやし。

でも、科学と論理思考、哲学は、絶対に裏切らない。

その時々の感情に振り回されたり、目先のことしか見えないままで足掻いたり、もがいたり、起こってもないリスクを危惧したり、人の肩書きや立場に惑わされて真実じゃないことを鵜呑みにしたりするから、人は大怪我する。

人生ってのは時系列で、

過去 → 現在 → 未来

ってのは決まってる。

だから単純に、現在の心や体に何か問題があったり幸せを感じられてないのであれば、それは過去の集大成であり結果やから、解決するには産まれてから1秒前までの過去を徹底的に見直すしかない。

なぜなら、人間って、過去が正解なら現在が幸せやから。

もっと言うと、現在の生き方が正解なら、未来の自分も100%幸せを感じてる。いつ死んでも潔く笑って逝ける。

裏を返せば、

「いま自分は世界一幸せだ!」

って即答できない人は、100%何かを間違えて生きてきたってこと。

未来に怯えたり、過去を思い返してトラウマに苦しんだり、そういった自分の思考の形成そのものすら、過去の不正解の集大成。

生老病死っていう人間の根源的な悩みさえ、関係ない。

もちろん、対人関係や経済苦だって関係ない。

どんな困難でも、人は理性と知識さえあれば100%乗り越えられるし、底なしの幸せを感じられる。

「自分は無知である、自分は不完全である、自分が不幸なのは自分が何か間違えてるから」───これらをまるごとありのまま受け入れて、初めて、実像の人生が始まる。

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