「潜水服は蝶の夢を見る」を観た

雑記

「潜水服は蝶の夢を見る」をという映画を観た。

ざっと説明すると、1990年代のフランスで、ELLEというファッション雑誌の編集長をしてた男の人が、脳卒中を起こして植物状態に陥った話。

ポイントは、植物状態ではあるけど脳は正常ってところ。

普通に考えることはできるし、耳は聞こえるし、目も見えるけど、頭のてっぺんから足の先まで一切動かず、全く話せない動けない状態で、左目のまばたきのみかろうじてできる。

今でこそ科学技術が発展していて、液晶に自分の視線をドットで表示させるようなシステムも大学病院とかでは普通に使われてるから、目が動けば意志の疎通のしようもあるけど、当時はまだそんなもの普及してない。(開発すらされてない?)

そこで、言語療法士が編み出した意志の疎通方法は、アルファベットを1文字ずつ順番に言って、男が話したいことをまばたきで1文字ずつ伝えるというもの。

これ聞いただけでめちゃくちゃ気の遠くなる作業ってのはカンタンに分かると思うけど、劇中では、言語療法士だけじゃなく、お嫁さんや出版社の人など、何人かはこの方法を覚えてある程度の意思疎通はできるようになる。

それだけで相当な愛情やなとも思ったけど、この方法を覚えないまでも、周りに居る人はずっと男を甲斐甲斐しく世話したり、色んなとこに連れて行ったり、本を読み聞かせたりする。

元の体に戻れる可能性は限りなくゼロに等しいから、そこに見返りなんて求めるはずもなく、途中で匙を投げることもなく、ただただ愛情からそれらをやり通す。

シンプルにすげぇなって感動した。

男は、そんな体になっても、とある偉業を達成するんだけど、当然一人でできるわけもなく、ただ男が成し遂げたいこと1点のために、自分の生活のほとんどをそこに捧げる人まで居た。

病院での生活は、医療従事者たちはみんな男の脳が正常に機能してるとはわかってても、なにぶん意思疎通にめちゃくちゃ時間を要するから、そういつもいつも細かい要求や要望を全員が忍耐強く聞いてくれるはずもなく、心の準備やイエスかノーすら尋ねられないまま、どんどん状況が変わったり物事が進められてしまう。

苛立ちやストレスを感じて頭ん中ではめちゃくちゃ文句を言うけど、それすら示せないからずーっとフラストレーションを感じ続ける。

男は絶望で自暴自棄になるけど、暴れることも叫ぶこともできないし、八つ当たりもできないし、気晴らしもできないし、自分で命を絶つこともできない。

そんな日々の中で、少しずつ男の考え方が変化し始める。

”記憶と想像力だけは自由”ということに気付く。

そこから、人生や自分の置かれた境遇に対しての考え方がいくらかポジティブになっていく。

希望を見出した男の運命やいかに───というような物語だった。

何よりも衝撃だったのは、この映画が、ノンフィクションだと最後に知ったこと。

さっきの男の偉業が、この映画の基になってるんだと思うけど、最初はフィクションと思って観てたから、観終わってからより一層いろいろ考えてしまった。

時代の違いや、僕自身に置き換えたらどう感じるか、身近な人がそうなったら……など。

ハッキリ言って、相当タフなメンタルないと気が狂うんじゃないかと思う。

別パターンで、自分が当時の言語療法士だったら、どんな方法で意思疎通するかなぁとかも考えた。

まぶたに小型のレーザーポインタ点けて、眼球の位置によってポインタがどう動くかを覚えて、小型のアルファベットの表を作って、任意の文字にポインタを持ってくる練習とか。

いずれにせよ、今の時代に、五体満足で自分で考えたり歩いたり飲み食いしたりこうして文章を書けて、やろうと思えば本当になんだってできる自分を含め多くの人は、心底幸せやと改めて痛感したと共に、それに感動できない多くの人は心底不幸やなとも思った。

価値に気付けないことが、思考できる人間にとって何よりも不幸なことで、反対にたとえ外から物質的に何も満たされてなくても、どんどん価値に気付ければ人間は無限に幸せってこと。

これは人類不変の共通項。

この映画の男のように、まばたきしかできなくなっても、記憶と想像で幸せを感じれるようになったら、無敵やろうね~。

またでBye。

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Posted by tkhtzzz