「生きてればいいことあるよ」という言葉の励ましは嘘。問題点は今。〜死にたい人への励まし方〜

心の道しるべ

「生きてればいいことあるよ」

そう励まされた人は数え切れないと思う。

これはあんまりよろしくない。

結論から言えば、イイコトなんてないから。

ただ、ワルイコトもない。

この世には、悲劇も喜劇もない。

ただひたすら無数の現象があって、それを人間が、イイとかワルイとか、楽しい嬉しい悲しい寂しい辛いと、感じているだけ。

生きてればいいことがあるってのは、言い換えれば、

「生きてれば"君がイイコトと感じる出来事"が起こるよ」

ってこと。

……惜しい。

今つらくて悩んで苦しんで死にたがってる奴が、その未来を具体的に想像して、それを希望にして、"いい"と感じれるわけがないんやから。

「今の一瞬の心」をなんとかしやな、悩みや苦しみの果ては死ぬんやから。

言葉が足らない。

「生きてれば必ず幸せと感じる日が来る。必ず。約束する。だから、今の絶望を私がすべて晴らす。必要なことを教える。協力する。」

くらいは言わないと。

そして実際にそれができないなら、ハンパに救おうとか励まそうとか関わろうとか、逆効果になるから、気をつけよう。

脳の仕組み上、ストレスで萎縮して自律神経が乱れて神経伝達物質の分泌も偏ってるような状態で、未来に希望を持ったり幸せを信じたりするなんてほぼムリやねん。

矛盾やし、道理に反してる。

さんざん疲れ切って周りから消費されたり、たとえば逃げられない己の肉体や精神の問題を抱えて今日(こんにち)まで生きてきた人に、さらにそこから精神論や根性論や努力を促すって、どうかしてるねん。

かつての僕や、彼らに必要なものは、「今」の100%の確信やねん。

絶対に揺るがない、自分が100%幸せになれる、価値があるという保証と、断言と、実感と、真実やねん。

根性論でも精神論でもない、圧倒的な真実。

忍耐も努力もこれ以上必要のない、ギリギリで生きてるその瞬間でも100%ブレない、己やこの世に極大の価値があるっていう圧倒的な真実を、論理的に説くこと。

そして、何年でも、何百回でも、それを説き続けること。

経済的にも、物理的にも、一人に崇高で尊大な価値があるってこと。

誰しもに愛されて当然で、本人もそれを愛して当然ってこと。

でも現実の社会全体がそれをできてなくて、人が苦しんでたり人を苦しめたりすることを見過ごしてたり、是としてること。

そんな社会が圧倒的に100%間違ってるってこと。

───これらを、具体的に説くこと。

それをひたすらやり続けて、やっと本人の体力と精神力が回復してきた頃合いが、初めて、それまで説き続けてた論理の"実感"を求めて本人が行動を起こし出すタイミング。

そこまでに何年かかるかはわからん。

例えばこのブログの記事を読んで「救われた」とメールくれる人も居るし、リアルで5〜10年かかった人も居る。

でも、どんだけ時間かかっても、死にたい奴の存在を肯定して肯定して肯定し続けるしか、最適解はない。

精神科で薬を処方されるのも、臨床心理士のカウンセリングも、あくまでツール。

人間関係を含めた根本的な環境の"安穏"が不可欠。

死にたい奴の心は、これまでの人生でずーーっと数えきれないくらい否定され続けた結果なんやから。

そいつの過去に受けてきた、根拠も生産性も合理性も何もない大量の否定を、真っ向からスベテ論理的に覆してやれる教養と、愛情が必要。

僕も、紙一重で生き存えて、ひたすら学びに学んで、自分で自分を地獄から天国に昇華させた。

真っ暗闇だった心を、自ら輝く太陽にできた。

だからこそ、まさに死のうとする奴の心の状態がわかるようになった。

皮肉にも、周りにしっかりと愛してくれて全肯定してくれる人間が一人でも居たなら、死にたくなることなんてないわけやから、死にたい奴の状況や環境が激変すること自体が稀なのもわかる。

でも、現代は手元にスマホがあって、どこでも世界に気軽に繋がれて、本気になれば誰もが誰かの光になれる。

誰かの命を繋ぎ止めることができる。

悩んでる人や苦しんでる人に、トドメを刺すこともできるし、傍観することもできるし、ひと言だけでも声をかけることもできる。

わかりやすいSOSのサインを出してくれてるのは、本当にラッキーでありがたいことやねん。

だから、曖昧な言葉で励まさず、相手が何について苦しんでいて、何を失って、何を求めてるのかを、しっかり考えた上で励ませたら、一番。

言葉の受け取り方は人それぞれで、傷つくか傷つかないかすらもそれぞれが自由に選択できることやから、何を言っても相手が傷ついてしまって届かないこともある。

メンタルぶっ壊れてると被害妄想の極地やし。

それでも、軽はずみな言葉より、真剣に考えて、心に心を向けて捻り出し、絞り出した言葉は、絶対に人間の記憶に焼き付く。

その時は傷つかれたり、反発されたり、忘れられてしまっても、人って後からふと思い出したり、反芻したりする。

ヒントや答えになる。

「どう声をかけるべきかわからなかったけど、声をかけずには居られなかった」

って正直な気持ちでも、傍観よりは天と地の差があるから。

死にたい人や消えたい人の身近に居る人や、そういう人を見つけて心配してる人は、自分のこともちゃんと愛しながら、的確に、穏やかに、力強く、聡明に、励ましてあげてほしいと、思う。

一人ももれなく、幸せに。

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