主語をデカくするのはあまり賢くないとわかってるけど、僕がASDやから、このブログでは敢えて「アスペルガーは……?」という書き方をしてる。
思考プロセスが人と違うってことは、全ての言動や行動や趣味・嗜好にその特性が出るはずやから、多少の差はあっても共通してる可能性は高いんちゃうかなぁと考えてる。
僕自身も、診断されてからもう3年以上経つけど、未だに自分で普通やと思ってても普通じゃなかったらしいってわかる経験をする。
だから、その都度、書き留めていきたいと思う。
犯罪者でも嫌いになれない
いきなり過激な発言やと思うかもしれんけど、そうやねんなぁ。
今まで、人に騙されたり、ボコボコに殴られたり、陰湿な仕打ちを受けたりもしたけど、どうもその人らを嫌いになれない。
ずーっと前の記事でも書いたけど、人間って、自分が本当に心の底から満たされて幸せを感じてたら、他者のことを攻撃しない。
純粋悪なサイコパスは除いてね。
悪意とか敵意ってのは、自分が満たされてないから、生じる。これは100%。
もちろん、嫉妬とか憎しみとか、あとは羨望(うらやましい)とかも。
意外かもしれないけど、自己卑下(自分なんて)や、過度な心配性や過保護も、嫌悪(きらい)も、自分が満たされてないことが原因で生じるねん。
端的に言うと、他者を消費する人ほど、その人自身が不幸やねん。
で、今でこそこうやって明文化(ハッキリと文章にすること)ができるようになったけど、言葉や文字ってそもそも心や意思伝達の手段で、言葉や文字の知識量が少ないと、表すことも伝えることもできないやん?
よく「語彙力がなさすぎてうまく言えない」とか言うやん(笑)
だからもちろん、子どものころはこうして明文化できなかってんけど、同じ感覚や考え方はすでに持っててんな。
人は不幸にならなければ悪に染まらない。
つまり、犯罪を根本から防止するには、みんなを幸せにするべき、っていう。
そして、悪に染まってしまっても、それは本人だけじゃなく、未然にその人を幸せにできなかった社会全体、国民全員の責任って意識をさ。
記憶の濃さがずっと続く
記憶力が良いとも言われるアスペルガーだけど、前にも話したとおり、記憶力自体はそんなにずば抜けてるわけじゃなくて、1つの記憶を何度も反芻する(思い返したり情報として利用したりする)から、人よりも短期記憶から長期記憶になりやすい。
もっと人間らしい表現をするとしたら、人よりも思い出が多くなるってことやねん。
みんなも経験があると思うけど、楽しい記憶もつらい記憶も、その出来事のインパクトが強ければ強いほど濃い思い出になりやすいやん?
そのインパクトが、ある程度少なくても、思い出になっちゃう、って言った方が正確かな。
一度の善に一生感謝する
具体的に説明すると、人から何か親切にされることは生きてたらままあるとは思うけど、その親切に対する恩を何度も頭の中で思い返したりしてるうちに、長期記憶=思い出になる。
すると、その時に僕が抱いた感情も、フレッシュな状態で記憶に保存されるわけやねん。
そしたらどうなるかと言うと、感謝とか恩をずーーーーっと持ち続ける。
親切にしてくれた人や、愛してくれた人、何か有益なことを1度でも僕に善意でもたらしてくれた人には、それ以降の人生ずっと力になろうとするし、その人が苦しんでたら助けようとするし、つまり記憶がなくならない限りは無限の恩を返し続けるというか。
この説明だけ見ると、めっちゃ良いことのように聞こえるやん?
僕自身は、思い出が多くなってくだけやから人生の密度も高くなって、濃くなって、幸せ者やなぁと思うけど、社会生活や人間関係においては良いことばかりじゃないんだなこれが。
男は別名保存、女は上書き保存
って言葉、聞いたことあるかなぁ。
これは恋愛において、多くの男女の違いを表した言い回しらしい。
実際は、生物学的な違いはあれど、脳の構造において男女の性差はないって科学的には言われてるんだけど。
火のないところに煙は立たないって言うから、じゃあなんでそういう言い回しがあるかと言えば、なんらかの差があるからなんだろうね。
科学的見地では、それは文化や社会構造が要因やって見方が強いみたい。
僕が思うに、アスペルガーってカリスマ性があるから、民衆を扇動したりする立場の人が多くて、古代からそういう人らが作った社会の流れや常識がたまたま男尊女卑になって、現代までそういう思想や感覚ってのが続いてるから、無意識レベルの男女の思考に性差が存在してるように感じるんじゃないかな。
脱線したけど、今のところアスペルガーは男性の割合が多いって言われてて、「恋愛の別名保存」もそこから来てるんちゃうかなって思うねん。
冒頭から言ってる僕の「一度でも恩を感じたら一生忘れない」ってのが、ここで関係してくる。
恋愛って、いろんな経験するやん。
いろんな感情や、物や、出来事を、与えてもらえるやん。
そしたら、もう恩だらけになるねんな。
けど、一般的に言われる恋愛って、ほとんどが利害の一致やから、自分が望んでたものを与えてもらえなくなったらすぐ別れるやん。
優しさとか、気遣いとか、一緒に過ごす時間とか、必要とされる実感とか、付き合いたてのカップルが求め合って与え合うニャンニャンシーズンね(笑)
要は、1回それらを与えてもらってその時は満足しても、恩や感謝が続かないからまた求めて、それを繰り返すうちに与えられることに慣れてきてしまって、「もっともっと」って満足できなくなっていって、求める度合いと与える度合いのバランスがマンネリ化で崩れた時に、嫌いになって、浮気や不倫、別れに繋がるわけやねん。
「好き」って気持ちはただの欲望で、相手を消費したい気持ちやから、そういう結果になって当然やねんけど。
「好かれたい」
「喜んでほしい」
「役に立ちたい」
「必要とされたい」
「頼りにされたい」
「愛されたい」
これらは全部「自尊心のなさが原因で相手に求めてること」やねん。
とにかく、こういう「一般的な恋愛」が、アスペルガーの感覚と決定的に違うところやと思う。
一度でも善意を向けられたら、もうずっとそれを忘れないし、ずっと恩を返すために尽くそうとするし、なんでも受け入れようとする。
幸せになってほしいから、求めるよりも与える方が多くなる。
ゆえに、「いつも嫌われる側」になるわけですよ。
僕から与える愛情の量は変わってないけど、人の欲望は無尽蔵やから、相手からの望みや理想は激化していって、こちらがそのラインに達せなければ嫌われたり、反対にあまりにも遠慮して求めない人やと「自分には何もお返しできない」ってなるみたいで、離れていく。
でも、嫌われたって離れたって僕からしたら恩がなくなるわけじゃない。
相手の善の心を知ってるから、嫌いになるどころか逆にかわいそうになってくる。
相手に自尊心がないがゆえに、その人自身がその人自身を苦しめてるってことが、めっちゃかわいそうになってくるねんな。
んで、恋愛としてはお付き合いが終わってても、その後も普通に繋がって、友人って形で関わるというか。
いやこれはもう、そもそも一夫一妻制が非効率的で非合理的って話になってくるんやけどさ。
そもそも、血の繋がりや関係性ってどうでもいいねんな。
みんながみんなを大切にしたらいいし、みんながみんなを愛せばいいし、恋人やから善で他人やから悪なんてこと絶対にないわけやし。
独り占めしたいとかされたいって気持ちこそが「自尊心の欠如」で「安定して心が満たされない原因」やねんから、ルールやシステム自体が人間の不幸に加担してるし、助長してるわけやねん。
そもそも、自立の定義は「精神的・肉体的・経済的に人に依存せず生きていける状態」やから、一人でムリなら自立できてないし、自立できてない人間が、支え合いや与え合い以外の目的で誰かと付き合ったところで、求め合い・奪い合いになるに決まってるんやけどさ。
……また脱線しちゃった()
昨日の善人は生涯の恩人
また勝手にことわざみたいなこと言ってるけど、ほんまそんな感じ。
喫煙所でライター貸してくれた人のことも一生忘れへんしさ(?)。
よき恋愛をしたら、恋人じゃなくなってもソウルメイトになるし、人として信頼できる。
だけどその関係性を、新しい恋愛を始める時にまで保ってると、大体は「たらし」みたいに言われるやん。
人として、恩人として関わってるだけやのに「元カノと浮気」みたいな陳腐な言葉で表現される。
どこまでも人を不幸にする歪んだ常識と社会やなって思う。
もっと「人間としての人間の価値」を大切にしないと、人間滅ぶで……。
最後に
つらつらと思うこと書き連ねてきたけど、これは僕が極端なだけかもしれん。
同じアスペルガーでも全然違う考え方してる人も多いと思う。
けど、裏を返せば、この極端さ自体がアスペルガーの特徴で、思想や価値観を間違えたらこの極端さが悪に向かう可能性も大いにあるってことや。
だからこそ、一人ひとりが「善であろうとする姿勢」が大切ってことです。
……強引にまとめた感がすごい……。
またでbye!
コメント
いつも嫌われる側ってとこ、すごいわかる。