食事療法を本気でするなら既存知識は一度捨て去ろう

食事療法・脱ステ

抗酸化物質というと、ビタミンとかポリフェノールとか、お魚のDHAやEPAとかαリノレン酸とか、すんげぇ身体によくて、病気の予防やアンチエイジングに必須みたいな、まるで魔法かのように大げさに喧伝されてる成分やねんけど、みんなあれ騙されたらあかんからな。

あれ全部、「腸内細菌とか免疫が完全に正常な人が、毒を無毒化できるから食べられる」ってだけの成分やから。

栄養学的になんちゃらかんちゃら言われたところで、僕自身、アレルギー検査ではなんもないのにそれらを摂取すると全身に炎症を起こして、続くと死にかけるっていう現象が毎回確実に起こるわけやから、もし僕の食事を管理栄養士に任せたら2週間もせずその人は殺人罪になっちゃうね。

というわけで、抗酸化物質は人によっては身体に有害な物質なんですよって説明した記事を読んでもらって
→→→ビタミンは万病のもと(になる人も居る)

今回は、僕の嘆きでも聞いてもらおうかなと。()

抗酸化物質ってのは、ビタミン・ポリフェノールはもちろんのこと、前述した青魚に多いαリノレン酸やアボカドに多いオレイン酸などの不飽和脂肪酸とかのことを言うんだけど、これらを避けて生きるのってマジ大変なのね。

なにせ果物や野菜だけじゃなくて、お肉や魚や魚介類とか、あらゆるものに入ってるし、完璧に抗酸化物質を避けるのはほぼ不可能と言っていいねん。

でも、なるべく避けないとマジで日常生活に支障が出るくらいの炎症が起きるし、その原因は現代の医療では根本解決できないから、本当に日々神経を集中させて、「食べられる物だけを食べる」ように徹しないといけなくて。

でもさ、実際に「ビタミン」とかって目で見えるもんじゃないし、みかんを見て「ビタミンCが豊富だ」とは言えても、そこにビタミンCが存在することを証明してるわけじゃないやん??

つまり、どんな食材にどんな栄養が含まれてるかなんて、どんなに緻密な食品データベースを参照したところで、今目の前にあるレモンに含まれてるビタミンCの絶対的な量ってのはそうそう測れるもんじゃないねんな。

だからこそ「栄養学」ってのは本当に曖昧なもんで、管理栄養士の仕事とかがダメって言ってるわけじゃないけど、医療も含めて、ちょっとした無知や無責任な判断やわずかな投げやりさで人を殺す可能性のある職業っていう自覚も何もない人らにおいては、みんな本当に悠々自適で、人命なんて興味なくて、今日明日の我が身が良ければどんな人が犠牲になっても知ったこっちゃないんだろうなって現実を見ると、なんか切なくなってくるんよね。

しかも、大勢の民衆も、騙されてることにすら気付いてないのが一番悲しい。

気付いてないどころか、なんなら医療を全面的にありがたがって、まさか風邪ですら現代医学で根本原因がわかってないなんてつゆとも知らず、まさか現代医学のスベテが対症療法で、どんな病気も根治できないなんてつゆとも知らず、なんなら対症療法によって多種多様な薬を使いまくって、不可逆で「原因不明」の体調不良や病気や死をどんどん量産してることなんてつゆとも知らず。

経済的に裕福でなくても医療費はじゃぶじゃぶ使って、病院に行ってれば病気は治ると信じ込まされて、医師や薬剤師や管理栄養士や理学療法士とか「多面的に物事を見られない人達」の”ありがたいお言葉”に頼りきってる患者達っていう構図が、非常につらい。

端的に言えば、民衆一人ひとりの貴重な貴重な尊い命・人生・時間を、ごく一部の人らが「金儲け」のためにどんどん搾取してるわけやからさ。

うまく気付かれず、狡猾に騙して、なんなら善人の顔をして。

一番タチ悪いって。

資本主義の先進国ゆえ、命の尊厳が失われるっていう当然の問題やとは思うねんけど。

とにもかくにも、常識的に「良いもの」と言われていても、ある条件に当てはまる人間にとっては実は劇物で、避けきれないほど世の中には蔓延してるわけやな。

んで、避けきれないとは言っても避けないと自分の命とか人生が危ぶまれるから、なんとか自衛をしないといけなくて、そのためにはいろんな知識をつけたり、自分でしっかり真実を見ようとする視点を養わないといけないよって話です。

これは、医療とか病気とか食事とかだけのことじゃなくて、学校とか勉強とか仕事とか、あらゆることに通じてることやねんけどな。

けど人間って、耳障りの良い表現とか、自分にとって都合のいい解釈に沿った意見や知識や情報ってのを信じてしまって、何なら普段からそういうのを求めて、情報や知識を得るためのアンテナや視点に無意識にフィルターをかけてしまったりするから、どんどん真実が曇っていって、問題の根本原因も見えなくなっていってどんどん複雑化して、気付いた時にはもう改善とか解決とかが遥か彼方にあってどうにもこうにもならない、なんて状況を自ら生み出してしまう。

そんな現実に、不幸にならなくても良い人が不幸になってるという真実に、どういうふうにアプローチしていったら、悲惨という二文字を減らせるんだろうかって、日々、頭を悩ませてるたかひとです。

なんかまとまりのない文章になってしまったけど、今回はこのへんで……

またでbye。

スポンサーリンク