『ドラゴンクエスト ユアストーリー』は名作だった

雑記

ゲーム好きとして、例に漏れずドラゴンクエスト ユアストーリーの公開初日に喜び勇んで劇場に足を運んだんだけれど、公開後1週間弱経過して、ネット上で賛否両論になってるのは予想的中したなぁ…という印象。

ネタバレはできるだけ避けていくとして、例のシーンに差し掛かった時、僕ももちろん「えっ……」となった。
そしてそこから物語が進むにつれて、集中できなくなって、いろんな葛藤で映画をスッキリ観れないままエンディングを迎えた。

そこから劇場を出て帰路に着きながらも、映画の内容を反芻して自分なりに思いを馳せてみた。

僕のドラクエ歴は、1~8までリメイクや移植を含めてプレイして、11もトロコンして、トルネコやテリワンなんかのスピンオフもプレイして、こと5においては仲間モンスターコンプやレベルカンスト、コインカンストなど、時間をかければ誰でも可能な程度のやりこみ要素は全て網羅してきたつもり。

そして考え抜いた末、この映画に対して出した僕なりの結論は、「”クリエーターの葛藤と未来への意志”を表現した作品」というものだった。

プレステ4が発売されて、グラフィックエンジンはUnreal Engine 4が主流になり、VRが浸透しつつあった頃から、未来のゲーム像をリアルに考えるようになった。

恐らくゲーマーなら誰もが考えてることだとは思うんだけど、プレーヤーが実際にフォトリアルな世界に入り込んで、五感も機能して、言わばマトリックスの中の世界でより自由度が増したみたいなシステムになっていくんだろうなって。

それが実際に、未来予想図の具体的な形としてドラクエ ユアストーリーで視覚化されて提示されたわけなんだけど、ここで重要なのは、ファイナルファンタジーでもなくテイルズでもなくロックマンでもなく、ドラクエだったことやねん。

ドラクエ1が世に出たのは1986年、それまでPCゲームでは他のタイトルでRPGはあったものの、一般的には初代ドラクエはRPGの始祖と言っても過言ではないほどの影響力を持ってるねんな。

2Dでドット絵の2等身キャラが縦と横に動いて、戦闘やメニューはコマンド式、会話は文字で、というThe RPGの概念自体を作り上げたのがドラクエだと思ってる。

今回の映画は、その「キングオブRPG」が、表面的にせよ積み上げてきた古き良き時代を懐古することそのものを否定するような印象を受けたんだよ。

だけど、今回の監督のことは詳しくは存じ上げないけど、プレーヤーやユーザ、視聴者、鑑賞者、ファン等々なんかより誰より一番クリエイトに誇りを持ってるのは言うまでもなくゲーム制作陣であり、堀井さんでありすぎやまさんであり鳥山さんであるのは間違いないわけで。

過去作の思い出や熱意やこだわりも、懐かしさも、未来に向けての挑戦心や不安や迷い、憂い、現代の社会問題に対する想い……創作・創造の世界に身を置く者ほど、それらの深さや大きさや重さってのは受け手のソレの比較にならないはずなんだ。

その方々が、監督に断られても食い下がってオファーを出し続けたというこの映像作品で、果たして、僕らが受けるファーストインパクトを「一番伝えたい要素」にするんだろうか、って強い疑問を持ったの。

まるで即席食品かのように新しいものがどんどん生み出されては消費されてく時代、人それぞれが時間とか命とか人生の意味や価値を見失いがちで、人と人との繋がりが疎遠になって未成年の自殺率も過去最高になるような、そういう社会においてのエンタメの立ち位置、ゲームとしての在り方について一番迷って悩んでるのはその業界に居ながら創作に真剣に取り組んで向き合ってる人達やと思うねん。

今でこそ、スマホや持ち運び可能なプラットフォームも増えてきて、eスポーツも発足して、ゲームの社会的地位というか昔よりは「一般的な趣味」として認識されてきた感じはあるけど、個人的にはゲームの本質として「閉鎖的」なコンテンツやと思うねんな。

据え置きやゲーミングPCで潤沢な環境を整えてどっしりと黙々とプレイする……それがゲーマーというか。

要は先に挙げた無縁社会を助長しかねないという槍玉に挙げられるというか、逆説的に言えばたくさんの大人達が人生かけて本気出して作った「おもしろいもの」や「楽しいもの」は、プレーヤーが「ハマる」ことを目的に魅力的に作られてるわけだから、そりゃそのゲームのシステムによっては何日も家に引きこもって睡眠時間削って金も注ぎ込んで……ってなるのは必然とも言える。

いくら「それは教育的な問題で、自制して時間配分や加減できない本人の問題」という意見があってとて、結果論としてそうなる人が少なくない以上、当事者であるクリエーターの方々にとっては永遠の課題になってるはずなんだよ。

だからこそ3DSやswitchやポケGo、少し前ならPSPやVITAみたいな、持ち運べること、物理的に家の外に出ることを売りにしたものも出てくるんだろうけど、そもそも先述の社会問題の根本原因は当然エンタメにあるわけじゃないからこそ、将来的な立ち位置というか身の振り方が難しいコンテンツだと思うんだよね。

───少し話は逸れたけど、つらつらと書いたこれらの葛藤をクリエーターが持ちつつ、それでも前に進んでいく、成長して進化してより良いものを生み出してく、そしてプレーヤーの数だけ人生があって、昔を懐古したり現在の壁を乗り越えたり、未来に希望を持ったり、それ自体が無限のドラマになって、作品への解釈や愛があって、そして全てが1つのコンテンツを中心に集まって共通認識として1つの大きなコミュニティや文化になってく現象、その歴史の流れも引っくるめた「your story」ということなんじゃないかと、僕は捉えた。

英語で”you”ってのは「あなた」でもあり「あなた達」でもあるから、一人として同じ人間が居ないのと同じで、人の数だけドラマがあって、捉え方があるからこそ、「あなた達のドラクエ」でもあり「あなたのドラクエ」ということなんじゃないかと。

邪推というか、ひねくれた捉え方をすると「炎上して叩かれても、それはあなたの解釈(your story)だから、この作品のタイトルにもなってるし決して矛盾ではないよ」っていう制作側の予防線にも捉えれるけど(笑)

そもそもこの作品は、ドラクエ5を原作にしてるだけで、別にドラクエ5を完全再現しますとは誰も言ってないはずだから、責めるとこじゃないんだよね。

バイアスを取っ払って純粋にユアストーリーを振り返った時、今までのドラクエ、そして今の映像技術で蘇らせたドラクエ、これからのドラクエ、全てに対するゲーム開発陣からのアンサーのような、文字通りプレゼンツな、懐かしくも儚く、寂しくもあり且つワクワクもする、そんな味わい深い名作だと思い至ったわけです。

余談だけど、この映画の飛び飛びなテンポの良さも主人公の性格とか子どもの数も、全ては映画内の「ドラクエという体験型アトラクションの設定」という設定だから、何も矛盾はない。

思考の浅い原作厨ほど楽しめないのが、唯一残念なところやな~と思う。

またでbye。

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Posted by tkhtzzz